大島にある西海市随一のリゾートホテル、オリーブベイホテル。そのホテルの1階にあるレストラン「オリーブ」では、ちょっとやんちゃな面影を残しつつも職人気質な”二刀流の料理人”が待っていたーー。
今回の「物語り」の主人公はレストラン「オリーブ」の若き和食料理長 宮本豪さんです。
「持ち物」や「仕事道具」にはその人の価値観や人間性が映し出されるもの。西海市のさまざまな分野の第一線で活躍する方々に、所持品や宝物などの「物」を通してその人となりを聞いていく企画の第三弾です。
【プロフィール】
宮本 豪(みやもと・ごう) オリーブベイホテル レストラン「オリーブ」和食料理長。31歳。
長崎市出身。長崎・大阪・沖縄と各地での料理人修業を経てオリーブベイホテルへ。日本料理と西洋料理両方の技術を持つ。
プライベートでは車好き。
Contents
「和食料理長」のこだわり道具とは
宮本料理長は、10代の頃から料理の修業を始め、30歳の若さにしてホテルレストランの和食料理長になったとのこと。
和食料理長として地元生産者のところに通い、料理の素材選びからこだわっているといいます。この日も、ヒラメの柵と長崎和牛を見せていただきました。
「長崎には質の良い食材がたくさんある。お客様にこの地の物を食べてもらいたい」と語る宮本さん。
料理に関しては、味はもちろん素材の良さ、見た目の美しさや器、そして雰囲気にもこだわるというこだわりっぷりですが、さて「物」へのこだわりとは?
「これです。」
ずらりと並んだ大小さまざまな包丁が10本。どれも刃はピカピカですが、柄には年季が入り使いこまれているのがわかります。
和包丁も、洋包丁も使いこなして日本料理を作る
たくさんの種類がありさすが料理のプロだと感心していたら、実はそこには宮本さんならではの理由がありました。
「右側が和包丁、左側は洋包丁なんです。僕は、日本料理と西洋料理、西洋菓子の修業をしてきたので。今は和食の料理を担当していますが、洋包丁も用途により使い分けています。
和食の職人さんの中には、『料理は全て和包丁でやるんだ』という方もいらっしゃいます。でも僕は思うように切れるものを使うのが良いと思っているので、この種類をそろえているんです。」
宮本さんは、落ち着いた口調で語り始めました。淡々としながらも、自分の信念に基づく強い意志を感じさせる語り口です。
愛着のある一本、『柳刃包丁』
「これは10代の頃から使ってきた柳刃包丁です。刺身を切るときに使います。
長崎の日本料理店で修業をしていたとき、熊本の包丁屋さんが営業に来ていたんです。遠くの店に出向いて自ら包丁を紹介している、その方の職人としてのこだわりに感銘を受けました。
けっこう高かったですよ(笑)。15万円くらいしました。特に愛着のある一本です。」
宮本流の包丁さばき『サーモンスライサー』
「これは修業先の師匠からいただいたものです。元々はゼリーやサーモンなどを薄く切るための包丁です。刃が長いので、大きな野菜や果物を切るときにも便利なんです。刃が薄く、野菜に負担をかけずに切れます。」
「野菜に負担をかけずに」という言葉が、日本刀で芍薬の花を切ったその切り口から剣の腕を推し量る、という宮本武蔵のエピソードを思い起こさせます。
「他にも、ごま豆腐を切ってもくっつかずに切れますよ。」
これでごま豆腐を切るなんて意外です。でも、ごま豆腐は日本料理におけるテリーヌ的存在だと思えば納得ですね。
肉をさばく姿はフレンチシェフ
「これは肉の塊をさばくときに使います。洋包丁です。骨から肉を外すときとか、こうやって持ってこんな感じです。」
おお、一気にフレンチシェフに様変わりです!和と洋の二刀流で、やっぱり宮本武蔵を思わせます。
包丁+技術+想いで料理を作る
「技術と包丁と、想いさえあれば、いろんな料理を作れると思うんです。日本料理と西洋料理それぞれに文化があります。その両方の文化にどっぷり入り込んで技術を身につけてきました。包丁はそうした現場で得てきた道具なんです。」
ここでちょっとした裏話。
「実はもうちょっと高い包丁も持ってるんですけど、今日は忘れちゃいました!一番良いやつだったのに~!(笑)」
と、こぶしを小さく振るというややベタなアクションで悔しがる宮本さん。ここまでの、落ち着いた雰囲気が一転。和食料理長、意外と陽気なキャラじゃないですか!
料理人を志して
「料理人になったのは、フランス料理のシェフだった父親の影響でした。実は学生の頃ちょっとやんちゃしていました(笑)。そのとき父親に勧められて、中学卒業後料理人の道に入りました。調理学校や専門学校にも行かずにいきなり日本料理店に修業に行ったんです。
長崎の日本料理店で、そのときの師匠にはいろいろ教えていただきました。今も何かと相談したりお付き合いがあります。
長崎で6年ほど修業した後に大阪にあるフランス料理とフランス菓子のお店に勤めました。」
和洋の融合と人の縁
「なんでフランス料理かというと、長崎出身ということもあって和洋両方の料理をやりたかったんです。長崎には卓袱料理のような和洋折衷の食文化がありますよね。そうした和と洋が融合した料理の現代版、そういうのが僕の理想です。
そして和洋とも本格の技術を学びたくて、どちらも一流の専門店を選んで修業をしてきました。
そして、そのおかげで僕には和なら和、洋なら洋のジャンルごとの師匠がいるんです。自分にとって師匠であり父のような存在で、人として習い学ぶことができました。出会った人に恵まれてここまで来たと感じています。」
「大阪の後は本場フランスに行く予定でしたが、当時テロがあってビザの関係等で断念せざるを得ませんでした。そして沖縄宮古島のリゾートレストランのシェフとして働き、その後28歳の時、長崎の日本料理店時代の師匠にオリーブベイホテルに誘われました。そのときはその師匠が和食料理長で、僕は副料理長というところからのスタートでした。」
その後、和食料理長の辞任に伴い宮本さんが和食料理長となったとのこと。経歴に、人の縁のあたたかさを感じます。
そしてお料理ができました。宮本料理長の自信作『山海オリーブ丼』。小鉢にも彩りがある美しい盛り付けで、どんぶりには白身魚の刺身と低温調理した長崎和牛のたたきのダブル乗せ。美味しそうです!
将来やりたいこと
「長崎出身なので、長崎でいつかお店をやりたいです。僕が理想とする、和と洋のお皿がどちらも出てくる現代的なコース料理を作りたい。うちは料理一家で、弟がソムリエをやっているので、いつか一緒にやりたいですね。」
宮本さんは、根っからの現場主義だといいます。「現場が全て」と言い切る姿には、若い時分から本格料理の現場に体ごとぶつかって日々学んできた人生が垣間見られました。
世界に向けて長崎の料理を発信したいと語る、和洋両刀使いの宮本”武蔵”料理長。時に切れ味鋭くそしてあたたかい、素敵なお話をご馳走様でした。
注:宮本和食料理長と宮本武蔵は、実際には関係はありません。
注2:二刀流といっても、実際に両手に包丁を持つわけではありません。