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橋の次は、地底の話
こんにちは、aoharuです!
前回は、「東洋一の橋」と呼ばれた西海橋、そして針尾瀬戸のうず潮の話をお届けしました。 橋の上から自然の迫力を眺める……という、見上げたり見下ろしたりするスケールの話でしたが、今回はちょっと方向が変わります。
今回は、なんと…地底です。
西海市には、国の天然記念物に指定されている鍾乳洞があります。その名も七ツ釜鍾乳洞(ななつがましょうにゅうどう)。
洞窟の中は年間を通して約15℃前後。外が真夏の灼熱でも、入口をくぐった瞬間に空気がひんやり変わります。 ……ですが今回は「涼しくて気持ちいい!」だけでは終わりません。調べれば調べるほど、ここもまた「え、そんなにすごかったの?」という場所だったんです。

七ツ釜鍾乳洞——名前の由来と、そのスケール
まず名前の話から。
「七ツ釜(ななつがま)」という名前は、この一帯に複数の「釜」のような穴——つまり洞穴がいくつも口を開けていることに由来するとされています。ひとつの大きな洞窟、というよりも、点在する洞穴の集まり=洞窟群というイメージです。
その洞窟群全体の総延長は、1,600m以上。
……とはいえ、実際に見学できるのは「清水洞(しみずどう)」というエリアの約320m(トンネル含む)だけ。つまり、全体のうち一部しかまだ公開されていないんです。残りの多くは立ち入りが制限されており、詳細が明らかになっていない部分も残されています。
そして何よりこの鍾乳洞は、長崎県を代表する鍾乳洞のひとつであり、その成り立ちから国内でもきわめて珍しいタイプとして紹介されています。さらに観光案内や地域資料では「珍しいタイプの鍾乳洞」と説明されることが多い、知る人ぞ知る場所なんです。
国の天然記念物にも指定されている——「涼しい観光地」の裏側に、そんな肩書きがあったなんて…!

ここの鍾乳洞は、ちょっとちがう
「鍾乳洞ってどこにでもあるでしょ?」と思うかもしれません。たしかに日本には何百という鍾乳洞がありますが、七ツ釜鍾乳洞はそのなかでも異質な存在です。
ポイントは「どんな岩の中にできたか」と「その岩がいつ頃できたか」の2つ。
まず岩の話。一般的な鍾乳洞は、いわゆる「石灰岩」の中にできます。でも七ツ釜鍾乳洞の母岩は、石灰質砂岩(せっかいしつさがん)という、ちょっと変わった岩石です。
石灰質砂岩とは——ざっくり言えば、「砂岩(砂が固まった岩)に、石灰分(貝殻や石灰藻の殻=炭酸カルシウム)がたっぷり混ざったもの」。石灰岩のいとこ、みたいなイメージでしょうか笑。
石灰の部分は水に溶けやすく、砂岩の部分は溶けにくい。この二つの性質が混在しているから、洞窟の壁面には独特の凹凸や模様が生まれます。

次に「いつできたか」の話ですが…。
日本にある多くの鍾乳洞は、非常に古い時代の石灰岩層の中に形成されています。一方、七ツ釜鍾乳洞の母岩は約3,000万年前(古第三紀・漸新世前期)に堆積した地層。地質学的に見ると、かなり「新しい」部類に入ります。3000万年前なのに「新しいの!?」って思いますよね笑
この「母岩が石灰質砂岩であること」と「地層の年代が比較的新しいこと」——この2つが組み合わさっているケースは、国内でもきわめて稀で、世界的にも珍しいタイプの鍾乳洞として紹介されています。
3,000万年前の海が、洞窟になるまで
では、この「ちょっと変わった鍾乳洞」は、どうやってできたのか。
流れを追ってみると、壮大な地球の物語が見えてきます。
① かつて、ここは海の底だった
約3,000万年前、この一帯は海でした。海底には石灰藻や貝殻などの炭酸カルシウム成分と砂が積もり、長い時間をかけて「石灰質砂岩」という地層になりました。
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② 海底が隆起して、地上に現れた
地殻変動によって海底だった地層が押し上げられ、陸地の一部になりました。そのとき岩盤には無数の亀裂(節理)が走り、これが後に地下水の通り道になります。
③ 地下水が、石灰分を溶かしていった
亀裂を伝って流れる地下水(やや酸性を帯びた水)が、岩の中の石灰分をゆっくりと溶かしていきます。これが「化学的溶食」と呼ばれるプロセスで、鍾乳洞ができる主なメカニズムです。
④ 転がる石が、さらに洞窟を広げた
さらに面白いのが、地表から落ち込んだ玄武岩などの石が、地下水の流れに乗って洞窟の床を転がり削る——いわば「研磨」のような作用も働いたとされています。化学的に溶けてできた通路を、物理的な力がさらに広げていった。この二段構えの侵食が、七ツ釜の洞窟群を形作ったんですね。
ちなみに、洞窟の壁面には今でも石灰藻や二枚貝の化石が観察できる場所があるそうです。3,000万年前の「海の記憶」がそこに残っている……そう思うと、ちょっとワクワクしちゃいます笑。
昭和初期の「発見劇」——小学校の先生たちが覗き込んだ
この洞窟群が「発見」されたのは、1928年(昭和3年)のこと。
発見したのは、地元の七釜尋常小学校の校長や教職員たちでした。調査の末にこの洞窟群の存在を確認し、地域の宝として報告したのが始まりとされています。
それからわずか数年後の1936年(昭和11年)12月、七ツ釜鍾乳洞は国の天然記念物に指定されました。
発見から天然記念物指定まで10年もかからなかった、というスピード感は、この洞窟が持つ学術的・地質学的な価値がいかに早くから認められていたかを物語っています。
小学校の先生たちが覗き込んだ地底の穴が、国の宝になった。なんだかいい話ですよね。

洞の中は、今日も静かに生きている
七ツ釜鍾乳洞の中は、年間を通じて約14〜16℃。夏は涼しく、冬はほんのり暖かい、不思議な空間です。
洞内では、石筍(せきじゅん)や石柱、つらら状の鍾乳石など、さまざまな形の鍾乳石が観察できます。石灰質砂岩を母岩とするため、純粋な石灰岩の洞窟と比べると鍾乳石は小ぶりなものが多いのが特徴ですが、それゆえに「親子地蔵」や「大石柱(高さ約4m)」と名付けられた独特の形状が見られるのも、ここならではの面白さです。
また、洞窟の中には洞穴性の生物も生息していて、観光協会の案内によれば鍾乳石は約18種、洞内の生物は47種以上が確認されているとのこと。
静かに見えて、水は今もゆっくり滴り、石灰分を沈殿させ、鍾乳石を少しずつ成長させている。3,000万年前から続く営みが、今この瞬間も、地底で静かに動いているんです。

やっぱりすごかった!!西海市!
今回も西海市の知られざる底力を掘り下げてきましたが、西海市って本当に「知れば知るほど」な場所です。
今回の七ツ釜鍾乳洞の話でいえば:
- 長崎県を代表する鍾乳洞で、国内でもきわめて珍しい「石灰質砂岩」の中に形成
- 母岩は約3,000万年前の地層——地質学的に「新しい」のが、逆にすごい
- 珍しいタイプの鍾乳洞として紹介されている
- 昭和3年、小学校の先生たちが発見し、わずか8年で国の天然記念物に
- 全長1,600m以上の洞窟群のうち、まだ大部分が未知のまま
これだけの「すごさ」が、西海市の地底に眠っているんです。
次に七ツ釜鍾乳洞を訪れるときは、涼しさを楽しみつつ、壁面をちょっとだけ観察してみてください。3,000万年前の海の痕跡が、そこに見えるかもしれません。
次回も、「知ってみると意外とすごい」西海市の話をお届けします!
関連スポット情報
| 項目 | 内容 |
| 所在地 | 〒857-2301 長崎県西海市西海町中浦北郷2541-1(Google Maps) |
| 営業時間 | 4月~9月 9:00~18:00(入園受付 ~17:30) 10月~3月9:00~17:00(入園受付 ~16:30) (※訪問前に公式情報をご確認ください) |
| 入場料 | 大人800円、中学生400円、小学生200円ほか (※最新情報は公式サイトをご確認ください) |
| 洞内温度 | 年間通して約14〜16℃(羽織るものがあると安心です) |
| 公式サイト | https://saikaicity.jp/cave/ |
| 西海市公式 | https://www.city.saikai.nagasaki.jp/kanko/theme/spot/2/4915.html |
「西海市の底力」シリーズ、次回もお楽しみに!
▼ シリーズの前の記事はこちら
- 日本一の生産量!西海市の冬を支える「黄金のゆで干し大根」とは?|やっぱりすごかった西海市
- 西海市の聖地『HOGET』のルーツを探る。日本中が欲しがった石のお鍋の物語
- 西海市の「もうひとつの顔」——かつて東洋一の橋と、日本有数の急潮の迫力
画像・図出典
写真1, 2:西海市観光サイトより引用(https://www.city.saikai.nagasaki.jp/kanko/theme/spot/2/4915.html)
図1〜4:NotebookLMで生成
