私は今日ここで目の前にいるこの男にプロポーズされる。
若い頃思い描いていた未来とは全く違う未来がたった今、この男によって切り開かれる。
なぜ東京の麻布十番に住んでいた私が今、長崎県西海市と聞いたこともなかったこの街に居るのか、自分で自分が一番分からない。
数年前の私はジミーチューのピンヒールをカツカツと鳴らし、時間を見るという本来の役割を全く果たさない高級時計を右腕に纏いながら週末は六本木で遊び呆けていた。
しかし気が付いたら30歳になっていた。
いつの間にか高校時代の友人は概ね結婚し幸せそうな家族写真をfacebookやinstaに載せて、イイね!合戦をしている。イイねスパイラルだ。
私はいつしかそういったイイねスパイラルにも入れなくなっていた。私はベンチ入りしていたのだ。戦力外通告である。
しかし私のプライドと自己顕示欲は履いているこの靴の高さに比例する。今もこれからもずっとこの生活を担保出来る男と結婚して一生この港区の呪縛に縛られて生きて行くのだと心に決めていた。はずだった。
だが、この男によってそのルールは打破された。
西海市出身と名乗るこの男と私は出会い、自分の描いていた理想とは懸け離れた生活や未来を歩みはじめた。よく言う出会った瞬間にビビビッと来るあのビビビッが身体中に走ったから。私は一度目の恋に落ちた。
理由はただそれだけ。
だけど「ただそれだけ」の理由を探して私は数年この街でなんとなく空気を吸いなんとなく赴くままに生きていた。
もしかしたらそんな日々にも疲弊していたのかもしれない。ようやく呪縛からの解放の時が来た。
こうして私は羽田から長崎空港へ飛んだ。
東京の街を一度も振り返ることはなかった。
気が付いたら履いているヒールも低くなっていた。
〜後編へ続く〜