ここには私の好きだったものは何もない。

 

夕方の東京タワーも金曜の夜の六本木も恵比寿のイルミネーションも夜景の見える綺麗なレストランも何もない。あるのは綺麗な海と広大な自然。

 

でも今の私にはそれで充分だった。港区の呪縛から解放された私は「普通」であることの幸せに気付くことができた。

夜の7時を過ぎたら外にほとんど人が居ないところとか「スーパーウエスト」の閉店時間がやたら早いところとか正直生活は180度変わったけど、日々の細やかな幸せにも気付くことが出来るようになった。

そして今、北緯33度線展望台でプロポーズされる。

ーどうしたものか。

ー私はおかしくなってしまったのか。

なぜ夜景の見えるレストランやイルミネーションの下の告白よりもなぜかとくるのだろう。私はこの場所でこの男と2度目の恋に落ちてしまったようだ。

後戻りはできない。
水平線上には五島列島や平戸島が見える。

まるで彼のプロポーズを後押しするように360度の絶景が私に押し寄せてくる。

ここ数年探し求めていた幸せを私はついにこの場所で掴んだ。思い描いていた未来とは全く違うが、今左手に光る指輪が私の未来を大きく変えていく。

あの頃何よりも大切だった高級バックも時計もピンヒールの靴も必要ない。

 

ここの景色と目の前にいるこの男と明日からスニーカーを履いて歩き出そう。